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前回からのつづき)
店主が、ピクニックに行くのは、誰かが、「そうだ、ピクニックに行こう!」という瞬間から始まっている、ということで、その楽しい気持ちとかけて命名したというこのBAR、その名も
BAR Picnic。
極力風を感じてほしい、ということで、基本的にはドアを開け放し、使うのは扇風機。僕が訪れた夜は、暑いけれど心地よい風が吹いていた。
こういうこだわりはとても素敵だけど、それを実際に行うことはとても困難だと思う。そういうこだわりを持ち続けられる人は、魅力的な人である。僕は精神的に軟弱な人間なので、こういうのを目の当たりにすると、その意志の強さに憧れる。
これだけ来るのが大変な場所に辿り着いて、笑顔でグラスを傾けている他のお客さんも、それだけでいい人に違いない、って思えてくる。
お店ではBBQを予約することができるのだけど、僕が訪れた夜も、お店の外では楽しそうに食事している集団がいた。(
前回の写真参照)お店では定期的にミュージシャンのライブもあり、お店のWebサイトに詳細なスケジュールが載っている。
下の記事からも判るだろうけど、車両感覚を問われるくらいにギリギリの道を通り抜けて到着した直後は、そこに店があったことだけで興奮していた。
いったん、カウンターの前のスツールに腰を下ろし、冷たい飲み物をオーダーし、冷えた炭酸が喉をキリリと刺戟する。
世の中には、色々な人生が存在していて、価値観もバラバラで、制約はあるものの、可能な限り、みんなは自己実現している。
そんなことを、このお店と店主の笑顔を見ながら考えた。
久しぶりにダーツをすることになった。
何種類かのダート(矢)が置いてあったのだけど、どれも羽がセルロイドなのか、透明のプラスティックなのか、とにかく、とても高級感があって、でもそれ以上に綺麗な矢で、見とれてしまった。
久々に投げる僕の腕は、ちょっと錆びついていたかもしれないな。。。
店に辿り着く前の、両側を背の高さ以上の草木に囲まれた、緩やかな曲がり道。
これが、こちら側と異界とをつなぐトンネルのようである。
グラスをおいて、代金を払い外に出ると、眼下には遠く街の灯が揺れ、崖の表面を撫でて来た風が、僕の体にぶつかった。
乗り込む車は、僕を現実世界に引き戻すためのヴィークルであろうか。
よく、【隠れ家】という冠がつく、レストランやBARがあるけれど。。。
これほど場所が判りづらい店も珍しいだろう。
千代田区から沼津まで続く国道を突き進み、突然左に折れ、焼肉屋の横の側道を登り、住宅街を抜け、そして車1台がやっと通れる幅の畑の中の道を、途中何度も引き返そうという思いと格闘しつつ抜けると、突然視界が開ける。
そして、眼下に遠く望む街の灯と、丘の上の幸せそうな人々の顔。
そんなお店である。
僕は、知り合いの知合いの知合いの紹介で辿り着いたのだけど、6degreesじゃないけど、それだけツテを辿れば、ある程度の場所にはたどり着けるのだな、と実感できるくらいに、到達するのが困難な場所にある。
うん、文字通り知る人ぞ知る。知らない人が偶然たどり着くことを拒否する場所。
すごいなぁ。。。
オーナーの石川さんは元アメフトの選手だそうです。(つづく)
牡蠣の養殖というものは、採苗→抑制→筏養殖という手順を踏むそうなのだが、広島や他の地域は良く知らないが、ここ松島に程近い石巻では、帆立の貝殻を使って、筏養殖をしているようである。
僕は、祖父母が住んでいた青森県の港町を、子供の頃から何度となく訪れているのだけれど、海の傍に行くと、こんな感じで、帆立の殻が山積みになっている。
久しぶりに僕にとっての原風景のひとつを見た感じ。
で、この日ご一緒させていただいたTさんのお話を聞いていて、ふと「あれ?」って思った。
どこかでこの感じ知ってるぞ。。。
と、思い当たったのは、インド人との電話会議(笑)
彼の日本語、解るようで、解らないことも多く、何度か聞き返してしまった。インド人の英語を聞き返しつつ繰り返す会話に近いかも。。。
内容は、海の男、というよりも、人生経験豊富な、1人の男性としての経験と人生感について、色々と学ばせて頂いた感じだろうか。
僕は、79歳の時、どうしているんだろうなぁ。。。
当たりの日には、カレイなんかがいっぱい釣れるとの事だったが、この日は4時間半くらい海に浮かんでいたのだが、成果は芳しくなかった。。。
ハモが3匹、鮎魚女(アイナメ)が4尾。オニヒトデが5匹。
アイナメ、大きなものは刺身と粗汁に。小さいものは塩焼きに。
ハモは天麩羅にした。
船が小さいので、中型の漁船が通るだけでも、八字波に煽られ、かなり気持ち悪くなった。船酔いしないタイプだとは思っていたのだけど、このサイズの船だと、なかなか厳しかった。。。
3時半に起きて、車を走らせて向かったのは、宮城県石巻市渡波の外れの海岸。
着いたのは4:30、海に出たのは4:40。日の出前の海は、薄暮のような彩度を失った、水墨画のような世界。船主の身に着ける青いゴム長ズボンとそれを留める黄色いストラップだけが薄暗い世界で色をわずかにまとっている。
こんな時刻に無理して起き出したのは、潮が引いているうちに、海に出るため。船の世界の詳細は、素人の僕にはわからないけど、サイズは、普通に公園の池にあるボートにエンジンを2基積んだもの。小さな船で、最初だけは静かに海に乗り出した。
帆立貝の貝殻を種付けにした、牡蠣の養殖棚の隙間を縫うようにして沖を目指す。
釣りに興じるには、観光化されていない寂れた海岸で、地元の人とじっくりお話ができる状況で、と思っていて伝を探してこちらに辿り着いたのだ。
この日お願いしていたのは、若い頃にタンカーの乗組員をしていたという、海の男Tさん。御年79歳。タンカーの乗組員だったからなのか、ずっと漁師をしていたという人たちよりは、顔の皮膚感が、やや滑らかなイメージ。
しかし、それでも街中で見る同世代の人たちよりは、顔つきは精悍。
厚い雲に覆われた空は、日の出の明るさのグラデーションの表現が異なる。
紫黒(しこく)、烏羽色(からすばいろ)、深紫(ふかむらさき)、鉄御納戸(てつおなんど)、紅掛花色(べにかけはないろ)、源氏鼠(げんじねず)など、かつての日本には色々な種類の色の名前があったのは、こういった光の中で、世界をみていたからなのだろうな、と実感する。
佇む鳥もじっとしている。
強い日差しを意識して薄着にした僕の服装だったが、吹き付ける風と、時折吹き付ける霧雨を受けて、もう一枚重ね着をする。
Tさんが、ぽつり、ポツリと、朴訥な口調で、潮の流れや、餌のつけかたなんかについて教えてくれる。
日常を遠く離れ、しばし釣り糸を垂れてみる。夏休みのひとコマ。
さて、釣れるかな?